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夏が終わった 2019年東宝版『エリザベート』感想

 

しばらく経ってしまったけど、今年の夏を語るにエリザベートは欠かせない。忘れたくないから書く。

この作品を初めて観たのは2016年の東宝版。だから今回が初観劇ではなかったんだけど、今年のエリザに通ううち「あ、すき」とぽろっと落ちるような感覚があった。回数を観て情報が整理できたからなのか、キャストに惹かれたのか、説明できないけど何かがしっくりきて、観る回を重ねてもなお飽きなかった。演出、キャスト、観客、それぞれがどう感じて解釈するかで全然違った話のように見えるのがおもしろい。観るたびに新しい。この作品と末長く付き合っていこう、とこっそり誓った。

 

今年観たメインキャストについての感想。

 

井上芳雄/トート

「歌が上手い」を構成する要素として、ピッチがぶれないとか声が綺麗とか声域が広いとか様々あると思うんだけど、芳雄さんが素晴らしいのは何よりも「表現力」なのかなーと感じた。たしかな技術と鍛錬に裏付けされているからこその、表現の引き出しの多さ。次の曲は彼がどんな風に解釈してどう歌うんだろう?!と観ていてとにかく愉しくて、うっとりと世界に浸れた。自分という楽器を理解して、高みに引き上げるための思考と実行を重ねているんだろうな。シシィやルドルフにねっとり絡みつくような繊細な所作もまたセクシーで。井上トートのラストの表情に解釈をかきたてられた。

 

古川雄大/トート

古川くんを観た回はどれも古川トート・愛希シシィの組み合わせだったんだけど、この二人のエリザは「初めて人間に恋をしたトートの異種間恋愛」的なメルヘンっぽさがあって、ちょっとトートを応援したくなるな……。笑 古川トートは輪廻転生の過程で過去に人間だったことがありそう。なんか、「自分の知らない自分」に対する戸惑いや迷いみたいなものが垣間見えて、記憶喪失者っぽいんだよなあ~。おもしろい。美しい見た目は言わずもがななんだけど、ウェーブのロングヘア+白シャツ白パンツ白ブーツがあんなに似合う人類、確かに人ではないな!と思えた。

井上トートはシシィに対して積極的にガンガン黄泉の国へ誘っていくような感じがしたんだけど、古川トートはシシィの影として傍に佇んで、時折顔を覗くようなイメージ。古川トートの衣装デザインは縦のラインを際立たせていると『装苑』で読んだので、意識して観ると両者の違いがなお興味深かった。

 

花總まり/シシィ

花シシィの演技プランではシシィの心の変化がよりなめらかに見えた。場面、場面でなだらかな感情の坂を作っているから、行き着くラストが腑に落ちる。幼年から始まり、徐々に老いていく声や立ち振る舞いの変化もすごい。ザ・皇后たる気品漂う女性像でありながら、死の誘いにぐらついてしまう精神的な隙があって好きです。香る弱さが色っぽい。トートと対峙したときの反応は、愛希シシィと花シシィで対照的なのでおもしろいな。

 

愛希れいか/シシィ 

トートに勝てるのでは、と信じたくなるシシィだった。『私が踊る時』のちゃぴシシィは、歩くだけで目の前がモーセのように道開きそう。全世界を従えてる感がすごい。ちゃぴシシィは最期さえもトートに自分をゆだねず、人生を生き抜いたんじゃないかな~。あくまで自分の意志で「殺して」と告げるイメージ。『最後のダンス』、花シシィは、トートを嫌がりながらも流されて踊らされていってしまう雰囲気なんだけど、ちゃぴシシィは絡まれるのがほんっとに嫌そうで笑ってしまった。

 

成河/ルキーニ

人を狂わせる圧倒的ルキーニで、ああもう好きです……となった。狂言まわしとして物語を牽引しつつ、ほかにバトンを渡すべきところでサッと渡して後ろにまわる絶妙なバランス感覚よ。成河ルキーニの存在があることで物語にテンポ感が生まれてダレないし飽きない。出ずっぱりでいてもうるさく感じないのに、振り返ると強く印象に残っているので、本当に成河ルキーニにがっつり心を持っていかれていたんだと思う。魔力がある。ラスト、3者が横並びにたたずむさまが宗教画のようで好きなんだけど、成河ルキーニの首吊りは(不謹慎ながら)一連の動作から表情に至るまで最高に狂っていて……ぞわぞわする。まぶたの皮膚から指先1本に至るまで「自分の肉体を完全に乗りこなしている」感がもはや怖い。成河さんならではの身体性の高さがルキーニの異質さをより際立たせた。

 

木村達成/ルドルフ

きりりと精悍で熱い。「少年」の言葉でくくるには、世を知っていそうなルドルフ。政治ビジョンを語らせたら朝まで討論しそう。一見大人びて見えるから、精神の脆さが表に見えたとき「あっまだ子どもだった」とギャップにはっとする。達成ルドルフの演技は不器用の機微の醸しかたが好き。絶妙に泥臭いし、人間臭い。演技も歌も、回数・相手によってアプローチを変えている部分があって楽しかった。井上トートとの組み合わせで観た『闇が広がる』が、お互い影響し合ってボルテージの上がっていて震えるほど良かったんだよな~。(がんがん煽るトートが、ルドルフの中に流れ込んできて侵食してサビで一体になって落ちる、って流れが鳥肌ものだった)公演中、銃弾を放つシーンで彼の頭部からの汗が血しぶきに見えるというツイートを度々見かけて思わず現場で確認してしまった。天然の産物ながら天才では?!と思った。個人的にまりおフランツ&たつルド父子は似た者感あって好きです。潔癖で頭が固そうなところに感じる父の遺伝子。笑 

 

田代万里生、平方元基/フランツ

まりおフランツは徹底して「厳粛」「正しさ」の人なんだよなあ……。潔癖そうだし論破してきそう。合理的。まりおくんの透明感のある重厚なテノール、響きが豊かで好きだ~~。エリザ内で感覚的に一番びびっとくるのがまりおフランツなんです。リア恋枠。平方フランツは、ほんっとにシシィ好きが全身から溢れていて優しそうでかわいい~。彼なら皇帝じゃなかったらシシィとそのまま円満だったかもと思えて切ない。平方くんの声、マイルドなんだけど良い意味で硬さもあって好きだなー。もっと聴きたい。嫁姑が喧嘩してるところで後から入ってきてゆりかごのカーテン捲って「どれどれ」って覗くところ、マイペースで好き。

 

 

全キャスト観たかったけど、組み合わせを望むと全然日程が合わないものですね……。ダブル、トリプルの罠よ。

エリザ、というかミュージカル界隈でオタクたちが「5、10年後なら彼彼女にこの役を……」と語っているのを見て、好きな作品の上演が数年後も続いているだろう、、と思えるのは嫌味ではなくとても幸せなことだなと思った。はてさて2020年度版はどうなるかなー。

 

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