記憶が保てるように

主に舞台や本、映画などエンタメと日常の話

最近読んだ本/-2023.3

しばらく更新が止まっていた本ブログ。もはやいつ読んだか時系列がぼんやりしているのですが、下書きに溜まっているものから出していくぞ〜。ひとまず今回は活字中心の巻。

 

かか/宇佐見りん

出産が前提とされた肉体で生まれたことにひとごと感がある自分としては、うーちゃんの体への目線は共感できるものだった。この母娘の、自他領域の曖昧な描写は読んでいてどうしても酔ってきてしまう部分があるんだけど、その感情は登場人物への拒絶ではなくて、「家族」構造に紐づいているんだと思う。救われたいけどどうしてほしいかわからない、抽象と具体を紐づける難しさ、みたいなところにチェンソーマンを少し思い出す。かか語独特の丸みある文体は、日本語の音を口の中で転がす喜びを再発見したみたいで新鮮だった。

 

同志少女よ、敵を撃て/逢坂冬馬

第二次世界大戦独ソ戦下を舞台にしたシリアスなストーリー、キャッチーな登場人物像、ドライな文体。こう書くと不思議なバランスなんだけどそれがよくて、ページ数の割に読み疲れしなかった。物語上どうしてもつらい展開は避けられないけれど、意外にも読後には静かな爽やかさもあって、ずーんと沈み込むばかりの後味ではないのが救い。戦争史小説というよりかはエンタメフィクション色が思いのほか強く感じたので、その辺り好みは分かれるのではと思う。自分としても心理描写の深掘りはもう一歩期待していたのと、シビアな状況に対して展開がやや飛躍的に思えたのでストライクには至らず。

 

言葉を失ったあとで/信田 さよ子、上間 陽子

「聞く」ことのプロたちによる対談、とても読み応えがあった。特に、信田さんの領域であるアディクション・DV当事者の話の数々は興味深くて、広い意味で生育環境や家族について悩みを持つ方に刺さるんじゃないかと思う。中でも、信田さんがクライアントに対して「(自分は)自己肯定感が低い」「意志が弱くて」「母の愛」など、”既成の家族概念に回収される言葉”を禁じる(そこから「なぜ自分がそうであると思うのか」を尋ねることで、個人の体験や言葉が表れてくる)という話は印象的だった。

このくだりで上間さんも「そういうおおくくりの言葉を使うと個人の体験が凡庸になるというか」と続けていたのがまさに自分も思うところで、最近のインターネットでもこの傾向が目立つなーと頷きながら読んだ。SNSで検索することで、自分と似た誰か/症状を探すことはとても容易になったと思うけど、人が向き合いたい根幹の部分はやっぱり共感だけでは解消できなくて、多分結局自分の中をまさぐるしかないんだよね。そしてその機会を自ら作る(他人の力を借りるにしても、そこまで持っていく)ことは、難しいし苦しいよなあ……と考えて唸ってしまった。

 

心淋し川/ 西條奈加

江戸下町を舞台にした連作短編。タイトルから悲しい話なのかなと想像していたものの、むしろ読み口は軽快でした。コミカルな話から人情話までバランスがよく、最初から最後まで安定感のあるおもしろさで見事。歴史小説を読み慣れていない自分でも読みやすく、どちらかというと現代エッセイに近いような、親しみやすいエピソードばかりで和んだ。読んでいて素直に「人間ってかわいいかもなあ」と思える(珍しい!!笑)不思議な包容力すら感じた。一朝一夕では絶対に書けない、滑らかな江戸言葉の会話文がかっこいい。

 

傲慢と善良/辻村深月

マッチングアプリ登場後の小説だ!と高まった。自己愛と繊細さから、無意識に人を値踏みする思考の「悪気のなさ」を軽やかにサクッと刺しながら()、決して露悪的な方向には話を転がさないところが辻村さんの作家性だあと思った。同時に、書き手としての責任意識でもあるのかなと。とてもよかった。恋愛ミステリが主軸にありつつ、ディテールの冴え渡った地方小説としての一面も色濃くある。作中にあるような地方社会のムード、あるいは地方親の価値観について、読んだら何か語りたくなってしまうようなパワーがめっちゃある……が、適合できず首都圏にいる人間からは何も言えん!笑 結婚相談所の女性が語った台詞が象徴的でした。

ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです

 

殺人犯はそこにいる/清水潔

昨年観ていたドラマ『エルピス』の参考文献でもあるノンフィクション。足利事件や北関東連続幼女誘拐殺人事件のこと、ドラマから想像していた以上に様々なエピソードが「現実」で改めて暗澹たる気持ちになった。直接この本のことではないんだけど、事件や政治、またそれらを題材とした作品に触れるとき、受け手が”より確かな”(らしい)情報を探したり調べたりするのは本当に手間がかかるよなーーと思った。それでも思考を手放してはならないね。

 

自転しながら公転する/山本文緒

茨城のアウトレットモール内のアパレルショップで働く主人公の、等身大の生活と仕事、そして同じモールで働くDQN(久しぶりに聞いたぞこのワード)の寿司職人との恋愛。おもしろい。契約社員OLである主人公のキャリア、親の介護、職場の不倫関係、セクハラ、付き合うにつれ見えてくる彼氏の人物像などなど、一見たくさんある要素がランダムに出ては引く感じがとてもナチュラルに構成されていて、そこでふと思う((でも確かに現実って多かれ少なかれ「こう」だわ!!))感。読みながら主人公を応援しつつ自分も鼓舞された。山本文緒さん、生活の泥臭さを描くのがうまいなあ。口論シーン好きマンとしては、大切なときに議論を避ける男・逃がさない女の構図がたまりませんでした。

 

スタッフロール/深緑野分

片や特殊造形師、片やCGクリエイターとしてハリウッド映画業界を生きる、女性二人の物語。映画業界をめぐるアナログ→デジタルへの変遷を、たっぷりと贅沢な時間軸で描いていて、まるで大河ドラマのようなスケール感だった。お仕事モノとしてのディテールがすごくて、とにかく映画とクリエイターに対する誠実さ・愛に溢れた小説だなーと思った。

作中、映画ファンからCGへの冷たい反応が描かれていたのにはドキッとした(なんなら反省も……)。クリエイターに対して手描き&アナログを美徳とする価値観って確かにあるよなあ。。この小説を読んでから映画のスタッフロールをより意識するようになったし、CGに対する見方も変わった。映画はずっと科学だった、映画の魔法は科学でてきているって言葉が全部を受けていて、かっこよくてしびれた。文章の向こうに映像が見えるような文体だった。

 

おいしいごはんが食べられますように/高瀬隼子

いやはやびっくりするほど好みだった、というかしっくりきた、この小説。毎日訪れる食を通じて善性を注がれ続けているような、なんとも言い難いだるさをここまで鮮明に描いている小説があるのか。自分の「どうでもいい」が他人の「大切」であるとき、「善い」とされるほうに合わせなきゃいけない重力ってあるよな〜。この「どうでもいい」の質感とか感情のカロリーを持ちたくない淡白さを、男性主人公の目線で描いているのが好みだった(なんとなく、女性が主人公で、男性のパートナーがこういう人、というのだったら想像できる気がするが)。

 

「カルト」はすぐ隣に/江川紹子

手元に来るまでジュニア文庫だと知らなかったけど、そんなの関係なく大人も読むべき本だった。酷い犯行の数々についての記述や、元オウム信者の手記は文字の羅列で読むことさえあまりにつらくて、憤るよりも無念でたまらず、とにかくああ嫌だ、嫌だという気持ちで終始落ち着かなかった。ノストラダムスの大予言や超能力、霊能、心霊ブームなど、70〜90年代の社会のムードがいかに”物語性”と繋がりやすかったか、という時代の縦軸みたいな流れがわかりやすくて、松本サリン事件の年に生まれた自分は詳細を知らないことも多く、今読めてよかったなと純粋に感じた。受刑囚の手記で綴られていたように、ものの道理を理解していたはずの人、理解できる知性のある人から健やかな五感を徐々に奪い、教義のみで判断させる=自分の頭で考えることを放棄させる までの流れが本当に恐ろしい。

 

 

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