記憶が保てるように

主に舞台や本、映画などエンタメと日常の話

コナン映画のおかげで毎日が楽しくなってる

っていうタイトルの通り、最近はほぼ毎日コナン映画を観ています。元気もらえる!ありがとうコナンくん。きっかけはもちろん、今年の劇場版「ハロウィンの花嫁」です。

コナンビギナー、ハロウィンの花嫁に出会う

わたしのコナン偏差値はそもそも全然高くなくて、最後に映画館で観たのは2017年のから紅まで遡る。人気の高い初期作や、直近だとゼロの執行人なんかはTVで観ていたものの、映画館で観たことがあるのはたぶん3、4本?というレベル。今年の映画の前評判はコナンファン、映画ファンどちらからも聞いていて楽しみにしていたんですが、いやほんと~に行ってよかったぁ。おもしろかったです!!

ハロウィンの花嫁、ディテールに優れた点はもちろんいっぱいあるんだけど、自分が心動かされたのはなによりも、エンタメのど真ん中に堂々と挑むコナンチームの気概。楽しくてワクワクして華があって、やっぱエンタメってこうだよねって、心が湧き立つような気持ちを味わうことができたし、観たあとに言葉より興奮が勝るって最高だなって思った。

そして今さらなんだけど、コナン映画ってオタク層から一般層まで・大人から子どもまで、丸ごとひっくるめて観客を全部抱きしめるベクトルでクリエイションをしているんだなってことを観ながら今回再理解して、それが本当にかっこいいし偉いなと思った。は~これが国民的コンテンツか~日本エンタメのセンターだな~と、疑う余地もなくすとんと落ちてくる感じ。爽快。

ハロ嫁はぱっと振り返っただけでも相当動かす要素・キャラが多くて、脚本の苦労は想像に容易いんだけど、よくその壁を突破してここまで仕上げたなぁ、と拍手を送りたくなった。今回は警察学校絡みということもあり既存のコナン史をベースに時間軸を横断しながらの構成が必要で、ストーリーには精密さが求められるし、なおかつキャラクター要素も複雑。過去パートの警察学校メンツ+現代パートの佐藤高木+降谷を動かしながら、犯人側のエピソードも加わっててんこもりなんですよね。そういったある意味処理の難しいコナン史の厚みを、2時間弱の大衆向け映画として巧みに組み立てて、何なら初心者が観てもコナン史をここから学びたくなるような”旨み”に変換させたことがすばらしい。老舗だからできることだし、その風格を感じた。

 

そんなこんなでコナンすごい!あつい!と盛り上がったわたしは、コナン過去作を学び直す旅に出ました。ここからは、わたしがまだチェックしていなかったコナン映画13本を観た順にメモ(いい加減なことを好き勝手に書いています)。

 

異次元の狙撃手(2014)

未来から来た視聴者なので、残念ながら赤井さんの生存をすでに知っていたんだけど、これはリアルタイムだったらザワついただろうなあ!地形に萌えがある人間としては好きな立体トリックです。

緋色の不在証明(2021)

これも含めちゃう。赤井家お勉強ムービーありがたい。赤井さん失踪のくだりを逆巻きで知るという、ちょっと勿体ない見方をしてる。しかしコナンファミリーはリッチで有能な人しか出てこなくて気持ちがいいな。赤井さんが長男な事実、あまりに“良”ですね。。

紺青の拳(2019)

コナンくんの海外輸送手段が力技で笑ってしまった。マリーナベイとシンガポールはよく爆破許可が下りたねと思いつつ、今見ると平和な国交があるからこそできることだなと。京極園子が喧嘩する流れなど展開がややいびつに思え、個人的にはそこまでヒットせず。あとはコナンくんがコナンだけどコナンじゃないことが寂しくて、やっぱりみんなからコナン扱いされているコナンくんがいいなと思った(新しい欲求の芽生え)。

純黒の悪夢(2016)

好きです!コナン映画にはあまりない感じの、ビターでお洒落な終わり方。オリキャラキュラソーが魅力的に描かれていることが好印象。少年探偵団が彼女の行方を知らずに終わるあたりに、コナン映画の品性と倫理的な線引きを感じられた気がした。それとコナン映画に出てくるワクワク建築が大好きなので、今作の「ダブルホイールの観覧車」は斬新さにいいね!となった。

戦慄の楽譜(2008)

アクション的な派手さはないものの、なかなか好きな作品。個人的には「犯人の動機」部門でも割と上位に入る。人情味があって切ない。先ほどに続いてこちらもオリキャラ・ソプラノ歌手の秋庭さんがすごくいいキャラクターで、コナンくん×ゲストキャラのバディ展開という目新しさも◎。この映画のイチオシはやっぱり、一時的に声が出せなくなって話す代わりにリコーダーをピーピー吹いている元太でしょ。シュールでおばかかわいい。笑

11人目のストライカー(2012)

コナンキャラ、異常にサッカーモチベが高くてかわいいよね。サッカー選手の演技がおもしろすぎて内容が頭に入ってこなかったので、今度もう一回観たい。

天空の難波船(2010)

おもしろ~い!!!良い意味で入口と出口が違う作品。まず冒頭から緊張感があり、立ち上がりの速さがよい。一見「空」の舞台で完結する話かと思いきや、陸も使った2ステージでストーリーが進行する意外性だったり、「当初見えていた範囲から観客の予測を裏切って世界が広がっていく」感じが構成として美しいよね。トリックにもそのギミックの妙がはたらいている。ミステリ、エンタメ、ラブロマンスのバランスがとれた秀作。

紺碧の棺(2007)

途中まではおもしろかったと思う……!

水平線上の陰謀(2005)

小五郎のおっちゃんがかっこいいターンktkr!今回コナンくんは割とサブに回っていて、ピンチで現れるまで時間がかかる。少年探偵団と蘭の人柄のよさがピカイチ出ている映画でもある。「ヒロイン」や「子どもキャラ」を安直に記号化せず、ちゃんと個々の人間性を描いているのがコナンの好きなところ。おっちゃん回ともいえる今回、劇場版でこういったピックアップの仕方ができるのも、これまでの蓄積があってこそだと思う。

漆黒の追跡者(2009)

ベルモットとのエピソードを拾えていないので勉強しないとな~。コナン映画の組織接近ものには制約が多い(描けることに限界がある)から、“正体バレ”と違うもうひと山をうまく作れるかが実質的には求められるね……。ところで、ジンの日常スピンオフとかないんかな。

探偵たちの鎮魂歌(2006)

始まり方がかなり不穏で、本格ミステリか?!と構えたものの、蓋を開けてみるとなんか思ってたのと違った……。笑 哀ちゃんのすこぶるカワイイ仮病演技と、おっちゃんがえりさんにだけチラッと弱音を吐露するシーンが見どころ。

銀翼の奇術師(2004)

観たことないと思ったら既視感があった。これは事件とアクションが完全分離した二段構造のタイプですね。パラシュートで夜のビル街をすり抜けるコナンくんが、空飛ぶピカチュウみたいでよかった。

 沈黙の15分(2011)

犯人の動機に対して犯罪規模がでかすぎてずっこけ感は否めないが、別の意味でおもしろい。もはや自然の脅威VSコナンくん1人。みんなまっすぐに、コナンくんならできる!あいつならできる!ってエールを送っていて、コナンくん=ナウシカウルトラマン?とさすがに違うジャンルに見えかけたところで、なかなかの生命危機が訪れてはらはら。少年探偵団×ゲストキャラの友情にはほっこりさせられがちです。

 

 

とまあそんな感じで、未見タイトルは無事回収。ここに書いていない作品も、記憶がだいぶ朧気なのでこれからもっかいチェックしたい。なんでもない一日をハレの日に変えてくれるのがコナン映画のすごいところだなあ。

わたしは個人を推すよりも作品ファンになることの方が最近は多かったんだけど、この作品ばかりは自信を持って(?)コナンくんが推しと言いたくなる。かっこよくてかわいい人望も厚い絶対的主人公、最高最高だ〜、、、、好き、、、魅力的なキャラがいすぎる問題もある!

そんな勢いのまま、オタクのコナン話をつい色んな友達にしちゃうんだけど、当たり前ながらみんな知っていて話が盛り上がるので、国民的作品すごし…ありがたし…とかんげきする日々です。

昨日は会社早退してコナンムービー展にも行ってきた。この先はTVシリーズの過去重要回を追いつつ、なんとなく掴めてきたら原作に行こうかな……。終わりなきマラソンを走ります!

映画「花束みたいな恋をした」感想 夢と袂を分かつとき

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友人に「ねぇ見た〜?」って絡みたくなる映画であり、一回は行っておいて損をしない映画なのは間違いないと思う。朝井リョウの『何者』ぶりに、後ろから刺される感覚の作品でした。刺されるのが嫌いじゃない方はぜひどうぞ。笑


※以下内容や台詞に触れるネタバレあり


爽やかにラッピングされた、しかしリアリティのある毒

「ミイラ展」「天竺鼠」「今村夏子」「ゴールデンカムイ」「宝石の国」ーーこの主人公たちがいるのは、わたしたちがいる世界と地続きだ、と思わせる固有名詞の数々。このリアリティが、ときに毒気のある生々しさにも化けていた。坂本裕二脚本ならではの視点が生む台詞群、その毒が癖になる。あるときは麦と絹それぞれの視点で語るモノローグで。
またあるときは、付き合いたてセックスにハマった三日三晩のダイジェストで。特に苦笑してしまったのは「ここで“した”笑」「ここでも“した”笑」って本人たちの声で語らせつつ、部屋のこたつやキッチンのカットをパッパッと切り替えていくカットとか、日中の明るいカフェで笑い合う二人を映してからの「パンケーキ食べてるけど、したあとの二人。笑」ってモノローグ。あ〜〜〜()って感じ。みんな言わないだけで自他に対してそういうこと考えるよねっていう。。人は社会性の皮を被った動物だなっていう滑稽さと、ユーモア。
そんな感じの、生っぽい風刺がそれとなく全体にちりばめられてるんだよね。パンケーキのくだりは「このあとめちゃくちゃセックスした」構文ぽいなと思ったんだけど、こういうインターネット由来っぽい言い回しがふんだんにあるの、ひと昔まえのサブカル、ないしはオタク的な価値観が浸透している我々の世界だな〜と。観客に自分ごと化させるのがうまくてそれが効果的。なぜなら、人間は自分の話されるの嫌いじゃないから。。

倦怠ムードからの口論が絶品、一にも二にも有村架純

ピリピリしまくってるシーンでの二人の演技が冴え渡りまくっていて、この場面を見にもう1回行きたいくらいですよ。口論の最中での麦の悲痛な叫びゴールデンカムイは7巻で止まってるし宝石の国ももう話覚えてないし、パズドラでしか息抜きできねえよ!!」はあまりに名言すぎないか???笑 つ、つらい。資本主義の成れの果ての僕らって感じだ。苛立ちのあまり指をトントンする麦。この喧嘩のシーンの後に、どちらかが家を飛び出すでもなく、お互い言いすぎたことを形式的謝ってダイニングテーブルで食事を出す……という流れも非常にリアル。

あと特筆すべきは、というか驚いたのは、有村架純さんのきめ細かな演技。有村さん演じる絹、一見些末に思える会話の切り返しや所作の中に、ぜつみょ〜〜〜な濃度で感情を滲ませるんですよね。もう、それが、水を含みすぎた絵の具で筆を寝かしたような淡いグラデーション具合で。例えば麦絹が意気投合した居酒屋での、少しムッとした「すいません」や、口論のシーンでの渇いた「ハハッ」や怒気溢れる「『またか』とは思うよ またかだからね!」、相手に反論したい思いを飲み込んで飲み込んで飲み込んで漏らす「……そうだね」とかとかetc……。この映画で好きだった絹の台詞まわしリストが作れそうですよ。こういった繊細な表現は日頃の人を見つめるまなざしがあってこそだと思うので、有村さんの脚本読解力、洞察力が素晴らしいのだと思いました。

作品の中心に根を張る「時間」という存在

この映画は基本的に、男女が出会ってから別れるまでを時間経過と共に淡々と描いていく構成で、分かりやすい恋の障壁(恋のライバル、事故、病魔など)は存在しないんですよね。これについては坂本裕二さんがパンフレットでも「何も起きなくても恋愛ってそれだけでおもしろいはず」「長い期間付き合って結婚する、あるいは別れるというカップルについて描きたいと思っていた」と語っていました。
二人の世界を中心に描くストーリーの中で、本筋に関わってくる脇キャラはほぼいないに等しい。そんな中で、この作品の中心にどっしりとあるのが「時間」という無常で平等な存在なんですよね。この「時間」を、(実在するバンドでもある)「Awesome City Club」PORINさんという登場人物をもって表現したのはうまい演出だな〜と思いました。まるで、ふと思い出したタイミングで腕時計を見るかのように、ちょうどいい塩梅でPORINさんが登場する。ファミレス店員だったPORINさんは活躍するアーティストになる一方、麦は夢だったイラストレーターではなく物流関係の営業職へ、絹はクリニックの事務職へ。時間経過とともに、麦と絹の生き方の対象性がくっきりと見えてくるあたりもじつに皮肉。

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趣味と労働と

学生時代から始まった麦と絹の関係性の結末について、「労働」は決定的要因ではなく、あくまできっかけだと思いました。運命のように、自分の似姿である相手を愛したけれども他者はあくまで他者だった。学生のときは比較的のんびりのほほんと話していた麦が、労働に染まっていくにつれ話し方も挙動も“せっかち”なそれになっていたのには「ゲッ(既視感)」と思いました。個人的には自己啓発本よりもここがきた。なにより辛かったのは、かつて生活の中心にあったカルチャーが麦の中で消失していったこと。しゅん……としてしまいました(ゴールデンカムイのパラ読みはゴールデンカムイに失礼だろうが!笑)。

その他気になりポイントなど

全体の印象として、傑作といって申し分ない見事な仕上がり、かつ自分の好みとしても好き!悔しい!って感じです。あえていうのなら個人的にう〜ん?だったのは、ジョナサンで別れ話をする最後のシーン。若いカップルがかつての自分たちとほぼほぼ全く同じ行動を取る……というのは、この作品のトーンからするとちょっとトゥーマッチ感があったかなと(でもこのシーンで泣けた、という感想もけっこう見かけたんですよね)。あとぼんやりと気になったのは、サブカルチャー嗜好の人々をどう描きたかったかということ。この映画、チラっと意地悪な部分が見え隠れする。そこに意図がないと言ったら嘘でしょう。

ちなみに、作中に出てくる固有名詞が理解できるとかできないとかは、本筋そのものに影響しない(もちろん、分かったらよりギャー!ってなるんだろうと思う。自分自身そんな詳しくない)。また他の方の感想でちらほらと見かけたのは、作中に出てくるこれらのタイトル群が、二人の年齢に対してジェネレーションがやや上じゃないか?という指摘。わたし自身、麦絹とほぼ同世代の文化系オタクではあるんですが「まあ言われたらそうかな……」と思う。麦と絹という人を作り上げる過程に関しては、坂本裕二さんがある特定の方をインスタで長い期間リサーチし、それに基づく人物造形をしたとのことはパンフレットにも話がありました。このへんに関しては趣味嗜好の話になるので、う〜んポイントというよりは「まあ21歳でその辺が好きな人もいるんだろう」と納得しています。(なんなら、そのニッチ嗜好が二人の連帯を強めたのかもしれない)


あと「全く同じ小道具・言葉に感じる意味合いが、シーンによって別の意味を持つ」と経験を観客全員がしたと思うんだけど笑、これは多分連ドラよりも映画の方が効果的に活きる演出で、この辺りも非常にうまかったですね。
だらだら書いてしまいましたが、そんなことを思いました。


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スケブ風パンフレットかわいい。鑑賞の記憶ガイドにはいい品です。



【追記】本記事を「週刊はてなブログ」にピックアップしていただきました。

blog.hatenablog.com

実写と漫画それぞれの最適解 映画「窮鼠はチーズの夢を見る」感想

 

(※内容深く触れるネタバレはありませんが、これから観る予定があってまっさらな状態で臨みたい方はご注意を)

 


わたしは初めて読んだ水城せとな作品がこの『窮鼠はチーズの夢を見る』、『俎上の鯉は2度跳ねる』だったタイプの人間です。 原作を読んだのは、映画化が決まって「何やら完全に修正版と置き換わってしまう、というかすでに置き換わり始めているっぽい!」とザワついていた頃。元々気になっていた作品だったこともあり、いよいよ入手しようと思い、海の向こうの田舎の父に修正前版を買って送ってもらったのが始まりでした。(父に頼む勇気~)

 

原作は、台詞が槍のように飛ぶ会話劇の印象が強い。そこに水城先生ならではの「刺し方」の美学がある。刺す角度だったりスピード感だったり……。音楽でいうなら全編16分音符のような感じで、台詞が多い。対して映画版は、言葉を削いで「いかにして言葉での説明に逃げることなく伝えるか」ということをかなり意識されているように感じた。これは生身の人間が演じる実写映像だからこそ、より活きる表現だなーと思う。台詞を削いで、といっても、映画窮鼠は原作を足蹴にしているような印象は全くなくて、むしろ要所の台詞の残し方を見ると、要素を絞るのに苦心した跡すら感じられたような。漫画とは別のアプローチをしたいのが伝わってきた。

視覚情報のそこかしこにこだわりが見えたのも印象深い。話の展開(離婚して一人暮らしになる)や恭一の人柄を含めても、ああいう生活感のない美術は個人的には好みではないんだけど(小綺麗な中にもしみったれた匂いがないと、生の人間の居住空間という感じがしない……)、あらゆる面で丁寧な仕上がりであったことは確かだと思う。

 

原作では、恭一のモノローグでその場面を象徴する一手を打っていることが多いけど、このモノローグ自体も映画では多分ひとつもなかった気がする。モノローグって二次元的な表現手法だと思うので(実写作品で多用すると安っぽく、ポップになってしまう)、確かになくて正解かのかもしれないなと思った。心の声が聞こえないからこそ、恭一という人間に奥行が出る。大倉忠義さんの表情や佇まいも含めて「なんか考えてそうに見える」という。笑 観客にとってもよりミステリアスに、魅力的に見える。

あの終わり方も、行定勲版はこのように解釈するんだなーと受け止められた。まあ原作ではあのように終わったけど、二人の行く末は誰も確約できないというか、恭一と今ヶ瀬は恭一と今ヶ瀬なんだよな。笑 わたしたちが観ているのは彼らの人生の一部にしか過ぎなくて。原作を読んでいるからこそ「このシーンはある/ない」みたいな軸はどうしてもできてしまうんだけど、何かと比較っぽい話を持ち出してしまうのも、自分としてはつまらないかな~とも思ってる。(とはいえ、海のシーンの台詞群は見たかった……)

 

 あと、これは多くの人が声を揃えて言うと思うけど、女性キャストめっちゃ良かったよね!!キャスティングも演技も。さとうほなみさんの夏生先輩、あの利発そうで食えない(けど恭一みたいな男と付き合ってた←ここ重要)感じが最高だ。たまき役の吉田志織さんは「お嬢さん」にぴったりな清楚さで、けれどもぶりっこ感の一切ないルックスがまさにたまき。恭一へのいじらしさと、一筋縄では折れてやらない強さが共存していて、くどさを感じない演技の塩梅が素晴らしかった。たまきはバランスを間違うと女に嫌がられるキャラクターになってしまいそうなので余計に。

ひとつ全編通してうっすら違和感があったのは今ヶ瀬のキャラクターだろうか……。言い方が難しいんだけど、ちょっとかわいいに寄りすぎていて、人物の印象として一辺倒な感じがした。ゲイであることを作る側が特別視しすぎているというか。彼は恭一に対しては情緒不安定だけど基本的には理知的な男だと思っていて、そのフラットな面や社会的側面があまり見えてこなかったように思う。これは台詞の違和感ではなく、どちらかというと演技かな、、監督のリードかもしれないけど。ゲイバーのシーンもわたしはなくても良い派で、それは原作にないから演出的に要不要とかじゃなくて、作り手の同性愛者の捉え方が気になるという部分からですね。連載時の価値観がアップデートされていない件についても考える部分ではあるけれど、それが物語の本筋に影響する場合なかなか難しくもあるなと思う。作品の中身だけではなく、企画から始める話な気もする。(映画ホットギミックとかもこの点がかなり気になった)

 

思った以上に長く書いてしまった。とにかく、観た後誰かと感想を話したくなったな……。映画観たけど原作は学生時代に借りて読んだきり、という友人がいたから、とりあえず労働を知った今読んでくれ!と言っておいた。笑

 

www.phantom-film.com